安芸高田市の市長・石丸伸二さんの奮闘の動画で、腐敗した地方議会や地元新聞社の様子が非常にわかりやすく大胆に伺えます。
地方だけに蔓延っている問題ではないと思いますが、権力が集まる場所の多くは、薄暗く滑り気があり、菌が増殖し始める格好のブラックボックスです。
必ずしもご高齢の議員や政治団体に問題があり、若年層はまともという訳ではありませんが、加齢と判断力・認識力の反比例は免れない事実であると思います。
また、閉じた場所や狭い場所で長く生活することで、常識や良識が偏ってしまうことも少なくないように思います。外の風を取り込まず、既存の価値観以外を拒絶することは、歴史上、退廃の一途を辿る可能性が極めて高いと言えます。
古さと新しさを共存させるバランス感覚を失ってしまった場合、少なくとも、市民の代表となる議員を務めることはできないはずです。ましてや、ロジックベースでの会話のやりとりが可能であることは大前提かと思います。
政治に限らず、会社でも同じことが言えますが、マスコットとしての機能しか持ち得なくなった時点(わかりやすく言うと、ポンコツ化した時点)で、対象者の地位あるいは役職を返却するルールが設けられるべきだと思います。というより、人間社会を可能な限り淀みなく循環させていく上で、このルールは必要不可欠であると、何百年も前からわかり切っていることだと思います(その上でそのルールを設けられない人間の業の深さが一番の問題です)。
一方で、心身の衰えと共に、新しさを受け入れることが億劫になっていくことはもちろんわかります。なので、60代以上になっても挑戦し続ける人を本当に尊敬しますし、その人体のメカニズムを理解できない一般的な30代以上の人は浅はかであると言わざるを得ません(20代までは許容できます)。
つまりは、一人間としても、一社会としても、古さと新しさを共存させるバランス感覚というものが非常に重要なのだと思います。
ではどうすればそのバランス感覚を可能な限り維持できるのか、ですが、現時点では「抗い続けること」に尽きるのかなと個人的に考えています。

人間の仕組み上、どうしても楽をしたがります。面倒なこと、時間のかかること、コストのかかることは避けようとしてしまいがちです。そうせずに抗い続け成長し続ける人達の表情はとても素敵ですし、その姿勢から深みを感じ取ることができ、魅力的に映ります。一方、抗わずに運良く経済的に豊かな生活を手に入れられた先に待っているものは「最後の挑戦」か「腐敗」の二択です。ほんの一握りの人は、そこで前者を選択できるかもしれません。しかしほぼ大多数は後者なのではないでしょうか。
私は、「抗い続けること」と、「真新しい価値観を求め続けること」を自分自身に課し続けて行きます。